連載:ESRは“注文の多い”測定装置?(4)ESRの測定領域;掃引磁場幅
一般的なNMRやIR測定では、測定領域(横軸)の設定を意識せずにスペクトルを記録します。これらの測定では、信号が現れる位置から分子の構造なりを判別するわけですから、信号が現れる全域を観測します。ESR測定の全領域は、磁場単位で0 mTから500 mT(装置の掃引可能な磁場幅に依存します)、g値で表すとg=10〜1の極めて広い範囲に相当します。試料に含まれる常磁性種に見当がつかない場合は中心磁場280 mT、掃引磁場幅±250 mTに設定してほぼ全域で磁場掃引してESR信号を探します(ESRの感度を稼ぐためにMODは大きめの約0.5 mTに設定します)。運良くESR信号を見つけたら、ESRスペクトルの全体像を得るために中心磁場と掃引磁場幅を調整します。信号を右方向(高磁場方向)に動かしたければ中心磁場を下げ、左方向(低磁場方向)に動かしたければ中心磁場を上げますが、なかなか一発では決まりません。
ESR測定対象に慣れてくると、あらかじめ中心磁場と掃引磁場幅を測定対象に合わせて設定できるようになります。筆者が学生諸君と一緒にESRを測定する際の注文は「過去のESRスペクトルを持っておいで」です。スペクトルのハードコピーには必ず中心磁場、掃引磁場幅などの諸条件が印刷されていますから、測定条件の設定が円滑に進みます。
ESRスペクトルの全幅とは文字通り常磁性種の低磁場および高磁場端の間隔に相当します。有機ラジカルのように左右対称なESRスペクトルではスペクトルの全幅を把握することは容易です。しかし、遷移金属イオンやスーパーオキシドラジカルのようにg異方性を帯びたESRスペクトルでは対称性が失われるので、スペクトル全幅の見極めにも経験が求められます。ESR測定は中心磁場と掃引磁場幅を設定するにも常磁性種についての予備知識を求めるので、あたかも“一見さんお断り”のようなところがあります。
掃引磁場幅の目安として、鉄3価イオン(g値が10、4,2など)のESRではほぼ全域に近い掃引幅(280 ± 250 mT)が必要です。銅2価イオン(g値2〜3)やマンガン2価イオンでは中心磁場300 mT、掃引磁場幅±50 mTの範囲で信号が見つかります。また、有機ラジカル(g値2.02から2.003)では中心磁場を微調節して掃引磁場幅を±2.5から±5 mTの狭い範囲でスペクトルの全体像を記録します。
ESR装置をお持ちの方は、馴染みのスペクトル(TEMPOLの溶液試料など)に中心磁場を設定して、いつもの掃引幅でスペクトルを記録して下さい(たとえば、±5 mT)。次に、掃引磁場幅を装置の限界まで段階的に拡大して測定して下さい。このとき、信号の上下の強度比が歪んだり、テーリングのような線形が現れたり、掃引磁場幅、掃引速度および時定数に依存する現象が起きます。次回は、磁場掃引速度と時定数の関係性を解説します。