連載:ESRは“注文の多い”測定装置?(1)ESRは“アナログ感”満載です
先日、同一機関の参加者を対象にESR測定実習会を開催しました。いまさらですが、ESR測定の難しさは、独特の測定条件設定とg値解析にあると実感しました。たとえば、NMR、光吸収、IRなどの分光装置では、あまり横軸を意識せずに測定しますが、ESR測定では常磁性種に合わせて、観測する磁場領域「中心磁場と掃引磁場幅」を設定します。観測しようとする常磁性種のESRスペクトルに関する予備知識がないと、測定条件が設定できないのがESR測定の“不親切”なところです。苦労の末に得たESRスペクトルは「綺麗なスペクトル」、「美しいスペクトル」などと賞賛されますが、これもESRがNMR等の洗練された分光法とひと味違うところです。
苦労の末にESRスペクトルが記録できたなら、次はg値の解析に進みます。NMRやIRスペクトルでは信号のピーク位置から化学シフト値(ppm)や波数(cm–1)が直読できます。しかし、ESRスペクトルでは“どこが”がg値なのか簡単には判別できないスペクトルが頻繁に観測されます。特に、複数の常磁性が混在する複雑なスペクトルや微分線形が“グニャグニャ”な異方的なESRスペクトルからg値を読み取るには経験(眼力?)が必要です。これは、ESRスペクトルが独特の「一次微分線形」として記録されるからです。
ESRスペクトルからg値を解析する位置が決まっても、さらなる“手間”が待ち受けています。それは、ESRスペクトルの横軸である磁場強度の絶対値と掃引幅を補正です(ガウスメーター内蔵のESR装置では不要ですが)。いまどき信じられないかもしれませんが、物差し(あるいはノギス)と鉛筆でスペクトルに補助線を引いて、それらの間隔を○○cmと読み取り、それらを磁場強度あるいは磁場幅に換算しないといけません。これは、昭和の時代から今日まで変わらないESRスペクトルからg値の解析作業です。このようにESR測定は観測者に“注文の多い”手法なのですが、慣れてくると補助線が浮かび上がるようになります。
クリック一つで測定と解析が完了する分光測定法に馴染んだ皆さんが、“アナログ感”満載のESR測定と解析を進めるにはどうすれば良いか、悩ましいところです。ESRの教科書を調べるのも一つの方法ですが、やはり、ESR測定と解析に経験を有する複数の専門家に測定法と解析法の指南を受けるのが近道です。専門家に相談すると「g値はいくらでしたか?」と必ず尋ねられますので、間違ってもいいので、補助線を記入したESRスペクトルから解析値を求めておきましょう。“不親切”なESR測定に親しむにはOJT(on the job training)方式で、“馴染み”のESRスペクトルを増やすのが効果的です。この連載では、“注文の多い”ESR測定と解析の手法の観測者の視点から分かりやすく説明します。