第1回:ESR基礎・測定1
①測定パラメーターの名称
ESRの測定パラメーターは装置メーカーによって異なる呼称と略号が使用されています。このテキストでは下記のESRスペクトルに記載の測定パラメーターに統一します。
左図はTEMPOL水溶液の室温でのESRスペクトルです。の横軸は磁場強度(mT)、縦軸はESR信号強度です。磁場強度は左から右に向けて磁場強度が増加しています。等強度の3本線がTEMPOLのESR信号です。その両側の弱い信号2本は、ESRの外部標準試料(Mn(II)/MgO)に由来する6本線の低磁場側から3番目と4番目の信号です。
ESRスペクトルの右上にESR測定パラメーターの略号と数値が印刷されています。上からT(測定温度)、Fr(マイクロ波周波数 GHz)、P(マイクロ波パワー)、SW(磁場掃引幅 ±mT)、ST(磁場掃引速度 min)、MW(磁場変調強度 mT)、G(増幅幅(ゲイン)無名数)、TC(時定数 sまたはms)およびAc(積算回数)です。装置メーカーおよび使用する制御ソフトに依存してスペクトルに記載される測定パラメーターは増減しますが、基本的なパラメーターはこの8種類です。
②マイクロ波に関する測定パラメーター(Fr, P)
ESRスペクトルは、マイクロ波周波数を固定して、磁場を掃引して観測します。このFrは試料をセットした状態におけるESRキャビティーの共振周波数(GHz)であり、ESR測定前に行うQ-ディップの調製によって最適化します。Frは試料の状態によって変動します。次に、マイクロ波出力Pは、試料に照射してESR遷移を引き起こすマイクロ波の出力です。Pが小さすぎるとESR信号が弱くなってS/N比が低下します。Pが過剰だとESR遷移の飽和減少によってESR信号強度が低下することもあります。有機ラジカルならば〜1 mW、金属イオンなどは〜5 mW程度に設定するのが一般的です。
③ESR信号の位置(磁場)に関する測定パラメーター(CF、SW)
CFは磁場掃引の中心磁場で、TEMPOLのスペクトルでは、3本線の信号が掃引磁場幅の中心に来るように336.000 mTに設定しています。CFを大きくするとTEMPOLの信号は左に、CFを小さくすると右にシフトします。
磁場の掃引幅(mT)であるSWを±2.5 mTから±50 mTに変えて観測すると、左図のようにTEMPOLの3本線の間隔(窒素核の超微細分裂 hfcc (hyperfine coupling constant)、mT)が狭くなります。SWの値は目的に応じて調節します。たとえば、スペクトルの全景を示すにはは±2.5 mT が適しています。TEMPOLのg値やhfcc値を読み取るには外部標準試料のMn(II)/MgOの信号が観測できるよう、SWを±5.0 mTに設定します。このように、SWは測定目的に適した数値に設定します。
④ESRスペクトルの線形に影響する測定パラメーター(MW)
光吸収スペクトルや赤外吸収スペクトルはベースラインと交差することのない吸収型の線形を示します。ESR信号はベースラインと交差する複雑な線形を与えますが、これは微分線形として信号を記録しているからです。微分線形として信号を記録するのは、スペクトルの分解能を改善するためです。そして、微分線形の信号を観測するために、磁場変調と位相検波という方法が採用されています。(。磁場変調の詳細はESR解説の別項目で説明します。)ここでは、MWを0.01 mTから1.0 mTに変えて観測したTEMPOLのスペクトルの線幅(上のピークと下のピークの間隔)とS/N比を比較します。
MWを0.01 mTでは線幅はシャープですがノイズが大きくてS/N比が低下して感度を失っています。MWが0.1 mTでは、線幅は少し増加していますがS/N比は向上して,良いスペクトルが得られました。MWが0.5 mTでは、ピーク間隔が広がり、ベースラインとの交点に変曲点が現れ、ESRスペクトルの線形が崩れています。さらにMWが1.0 mTに増加すると、EMPOL ESRスペクトル線形はさらに崩れます。このスペクトルの上のピークと下のピークの間隔が、設定したMW(1.0 mT)に相当します。