第1回:ESR基礎理論・ゼーマン分裂

一般的なXバンド(マイクロ波周波数帯域(9 GHz)の呼称、8から12 GHz)ESR装置では、有機ラジカル(g値〜2.004)のESR信号は概ね330 mT近傍に観測されます。ESR装置のマイクロ波発信器からキャビティーに至る導波管は、Xバンド帯域のマイクロ波の波長(25から37 mm)に等しいサイズで制作されています(ESR装置によって導波管が露出していないことがあります)。ESRでは不対電子を有する常磁性種を測定対象としていますが、不対電子にはスピン量子数(ms =± 1/2)に相当するαスピンとβスピンの状態が存在します。磁場が作用していないと、αスピンとβスピンは等しいエネルギー準位(Eα = Eβ)にありますが、磁場が作用すると両者のエネルギー準位は分裂して異なるエネルギー準位に至ります。これがゼーマン分裂と呼ばれる現象です。

ゼーマン分裂の呼称はナトリウムの原子スペクトルが磁場中で細分化する現象を発見したPeter Zeeman(オランダ、1902年ノーベル物理学賞)に由来します。ゼーマン分裂で生じるEαとEβ間のエネルギー差は概ね磁場の強度(H)と比例関係にあります(ΔE = Eα– Eβ= gβH)。ここで、βはボーア磁子と呼ばれる定数(9.274×10−24 JT–1、Tは磁場単位テスラ)、gは比例定数(無名数です)。ここで、ボーア磁子は電子スピンの磁気モーメントの基本単位となる物理定数です。

有機ラジカルの不対電子が330 mTの磁場中に置かれると、ゼーマン分裂によって不対電子のαスピンとβスピンのエネルギー準位の分裂し、その間隔(ΔE)がXバンドのマイクロ波周波数(約9 GHz)に等しいので、我々はESRスペクトルの観測ができます。エネルギー間隔(ΔE)と磁場強度(H)のプロットが下図です。